ちがさき丸ごと博物館

馬頭観音

名称 馬頭観音 別名
所在地 市内全域
概要 道端などによく「馬頭観世音」と彫られた石碑が立っています。このような石碑は、市内に29基が記録されています。そのうち古いもの4基は、文字でなく頭に馬の顔を付けた観音さまの像が彫られていますが、時代が下るに従って、文字だけで表すようになりました。馬頭観音は、もともとは怒った顔をしています。この憤怒の表情は世の苦しみを絶つ力を、またその頭にある馬頭は馬が旺盛な食欲をもつ動物であることから、世の諸悪を食い尽くす力を表すとされています。この観音は、仏教とともに日本にもたらされましたが、庶民に広く信仰されるようになったのは江戸時代になってからです。頭に頂く馬頭の連想から、人々は死んだ馬を供養するためにこの観音像を建立しました。多くは、人や荷物を運んで馬が行き来した道端に立てられています。なるべく多くの人に手を合わせてもらうことが馬の供養のためになると考えられたからです。市内で最も古いものは、浜之郷の鶴嶺八幡宮参道の中ほどにある寛政7年(1795)の碑です。中島の浄林時の入り口には、享和2年(1802)と文化7年(1810)の銘がある2基があります。いずれも馬頭は摩滅していて、そう言われないと馬には見えません。文字だけの碑では、小和田の廣徳寺の墓地北にある天保9年(1838)の碑が最も古く、その後建てられたものでは昭和53年に建てられたものが芹沢にあります。昭和になってからは、馬以外の動物の供養のために牛頭観音、畜霊碑、豚の供養塔なども建てられるようになりました。牛頭観世音や畜霊碑なども含めると、馬頭観音と同種のものは、市内には40基を超えています。
[茅ケ崎市史③ 彫刻編   (根)]
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