ちがさき丸ごと博物館

花女郎道

名称 花女郎道 別名
所在地 萩園
概要 今宿の松尾神社は女の神様なんですって。その神様は、ねたみっぽくって、神社の前を花嫁が通っちゃうと、ねたんで縁談がこわれちゃうんですって。そこで、花嫁が通る花女郎道というのがあって、それはお宮さんのすぐ手前を田んぼの方へ行く野道で、萩園の辻に出るんです。萩園や田端(寒川町)の方から町屋へ嫁ぐ人は、お宮の前の道はやはり通りません。こっちから行くときは、お宮さんの裏を通るんですね。その道(お宮の前の道)を通ると、結婚してもたいがい分かれて帰ってくるようになっちゃう。それでそこをよけて裏(花女郎道)を通って行くんです。いまでもその道残ってますよ。(下町屋 吉田登女子さん 大正8年生 昭和55年6月) 首なし塚。東北東、宇「台」の、畑の間にあり。高さ2尺、周囲5間。その何たるか伝わらず。おもうに、これもまた、無名墓、童子に戦屍を埋めし塚なるべし。この塚の、八王子往来に面するより、里俗忌て、婚姻の通行には、この往来を避けて、塚の裏面なる圃畔(畑のあぜ)を歩行せり。よって圃畔の蹊路(小道)をいまは「花嫁路」と唱う。(『皇国地誌草稿』 明治12年 今宿村) 森というほどではないが、木が、何本か茂っているところに土まんじゅうのように、土が二間ぐらい盛られていて、そこで、若者が花嫁を襲ったといわれている。それて、そこを頭なしと恐れるようになり、そこの道をよけて、脇の道を通るようになった。脇道は、花女郎道といい、農道で、普段も使っている道だけど、嫁が来るせえ時は、草がぼうぼうして、着物のすそがよごれたりしないように、親類のものが出て、鎌で、草を刈ったりした。(今宿 古郡郁蔵さん 明治34年生 昭和55年6月)
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