ちがさき丸ごと博物館

浜道

名称 浜道 別名
所在地 小和田・本村・南湖・十間坂・柳島
概要 漁師たちが浜との往復に使った道を浜道といいます。砂浜の続く湘南海岸では、昔から沿岸漁業が行われ、市内では、小和田、茅ヶ崎、柳島で漁業が営まれていました。漁では大謀網なども使われましたが、江戸時代から記録に現れるのは地引き網で、イワシ、アジ、シコ、(カタクチイワシ)、シラスなどを捕っていました。小和田の浜道は、上正寺前の信号から南に入る道、学園通り、小桜町の小和田池袋の信号から入る道、ラチエン通りの4本が伝えられ、海の近くで先が2本に分かれる道もあります。小和田の漁師は国道1号沿いに住む人が多かったので、海へ出るために約2?歩き、茅ヶ崎ゴルフ場・小和田浜公園先の浜で漁を行いました。砂防林の中には、海と漁を守護する八大龍王が祭られています。碑には、「元治元年(1864年)再建、相模国小和田村発願主 地引六張、網持中」と彫ってあります。江戸時代の茅ヶ崎村では、本村、十間坂、南湖などに漁に従事する家がありました。本村の浜道をたどると、八王子神社の参道を国道1号に出て、JR東海道線を渡って一中通りに重なり、ヘッドランド近くの浜に出ます。ここにも八大龍王が祭ってありましたが、現在は茅ヶ崎漁港北側に移されています。南湖、十間坂などからの道は4本が分かっています。その1つ、市営中海岸プールわきに出る道は、海に出た辺りに八大龍王があります。また、茅ヶ崎漁港のそばには、他の3本の浜道が出ます。六道の辻からの浜道は大謀道(天幕場道)といわれ、ブリを捕る大謀網が南湖の沖に仕掛けてあったころ、大謀網関係のテント(天幕)が張ってあったことによります。この辺りでは、昭和の初期には数万匹のブリが捕れたといいます。浜道が集まる茅ヶ崎漁港の辺りにも八大龍王が祭ってあります。柳島では、本村と呼ばれる1、2丁目から海岸へ行く道を浜道と呼び、この道にも、海に出たところに八大龍王の碑があります。浜道は、終点がそれぞれの村の漁場になっていることから、その近辺には八大龍王が祭られています。大漁の時には感謝のために捕れた魚をお供えし、正月と9月の11日には今でも例祭が行われています。昔は浜道の行き帰りにハマボウフウやキノコ類のショウロ、ハツタケなどを採ったり、燃料にする枯れ松葉を集めたりしました。

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