ちがさき丸ごと博物館

梵鐘(龍前院)

名称 梵鐘(龍前院) 別名
所在地 浜之郷356
概要 昭和62年4月17日、市重要文化財指定。お寺にはたいてい鐘楼(しょうろう)があって、釣り鐘が下がっています。梵鐘(ぼんしょう)は、仏教法具としてこの釣り鐘を意味する言葉です。仏堂内につるした小ぶりの鐘は半鐘と呼ばれますが、どのくらいの寸法からこういうのかは明確ではないようです。また、寺だけでなく神社にも鐘楼がありますが、これはかつての神仏混淆(こんこう)の名残です。梵鐘は、時を知らせる役目と同時に、その音に宗教的な意義も認められてきました。大みそかの除夜の鐘も新年の到来を告げる時の鐘であるとともに、百八の煩悩を除くという功徳があるとされています。梵鐘の材質は一般的に青銅(銅とすずの合金)鋳物がほとんどで、鉄鋳(てっちゅう)のものは極めてまれだそうです。形は中空の「鐘身」と、それをつるす上部の「竜頭(りゅうず)」からなっています。浜之郷の龍前院には元禄7年(1694)銘の梵鐘があります。これは市内に現存する梵鐘では最古のもので、鐘身に刻まれた銘文によって、浜之郷村の領主であった山岡氏の5代目が弟の早死(はやじに)を悼(いた)み、その供養のために再鋳させたものであることがわかります。江戸期以降に造られた梵鐘は、太平洋戦争中に金属回収のために供出され、大部分が鋳潰(いつぶ)されたそうですが、幸いこの鐘はそれを免れたものです。大きさは総高115センチ、鐘身84.8センチ、口径62.2センチ、撞(つぎ)座高(ざこう)19センチです。乳五段五列百個、銘文陰刻四六〇余文字、下帯(かたい)に唐草文があり、「鋳物師(いもじ)、荻野(おぎの)邑(むら) 木村清兵衛正重」とあります。中赤羽根の西光寺には元禄2年(1689)銘の半鐘があります。こちらは供出されましたが、終戦後無事に返還されたそうです。総高81センチ、口径45センチあります。元禄期は江戸時代における梵鐘をつくる最初のピークで、これらは江戸時代の典型的な梵鐘の姿を伝えるものといえましょう。[ちがさき丸ごと博物館ガイドブック(文化財編)  ぶらり散歩 郷土再発見  (根) 文化資料館ブックレット2  ちがさき村ごと歴史散歩道 (根) ]
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