ちがさき丸ごと博物館

神輿道

名称 神輿道 別名
所在地
概要 神奈川県指定無形民俗文化財・浜降祭は、市内と寒川町内の各神社から40基余りのみこしが集まり、南湖の浜辺で禊ぎをする神事です。この祭りの起こりについては、次のような話があります。寒川神社のみこしが神揃山(大磯町)で毎年行われている国府祭に参加していましたが、ある年の祭りの帰りに、みこしが相模川に飲まれて行方不明になってしまいました。そこで神社では、沿岸の村々に頼んでみこしを捜していると、数日後、南湖の網元・鈴木孫七が網を引いている最中に、海底からみこしを引き上げたのです。孫七は神社にこのことを知らせ、みこしは神社へ無事返されたのでした。それから毎年、お礼に南湖の浜へ渡御するようになったといわれています。また、鶴嶺八幡社では、寒川神社のお礼参りよりずっと古い時代から、禊ぎのため浜への渡御を6月29日に独自に行っていたと伝えられています。さて、浜降祭の時に各神社のみこしが通る道を「神輿道」といいます。現在では、交通事情や担ぎ手が少なくなったため、暗いうちに宮立ちしたみこしは祭場近くの神社のほか、西浜駐車場まで自動車で運ばれていますが、昔は遠方から担いで来ていました。そのころは鶴嶺八幡社をはじめ、各神社のみこしは国道1号(東海道)の鳥井戸橋のそばに集まり、寒川神社を迎えました。ここから鶴嶺八幡社を先頭にして国道1号を東に向かい、十間坂2丁目の交差点を南に折れ、踏切を渡って旧道を直進し、茅ヶ崎駅と魚市場を結ぶ道に出て西に向かい、すぐ左折して南下し、国道134号沿いにある八大龍王碑から海岸に出ました。また、神事からの帰り道は、昭和の初めころまでは行きの道としていた道(西浜小学校の西側を通り、住吉神社の東側を抜けて御霊神社の前、西運寺の前を通過する道)で、国道1号に出てそれぞれの神社を目指しました。国道1号に出る前の踏切わきには、小鍛治屋という屋号の家があり、どういう理由からか寒川神社のみこしは、必ずここで休んだといわれています。また、終戦後の一時期は、帰りに茅ヶ崎駅北口の駅前に集まったこともありました。本村と菱沼の村氏神にも神輿道があります。本村の八王子神社境内の八坂神社は、神社の参道から国道1号に出て、そのまま直進し、海に通じています。菱沼・八王子神社は、松林小学校の南側から国道1号に出て、浜須賀中学校の西側、浜須賀小学校の西側をぬって海に通じています。これらの神社も、昔はそれぞれに海に出て禊ぎの神事を行っていたのかもしれません。
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